2000年5月15日
東京都知事
石原慎太郎 様
日暮里富士見坂を守る会 |
会長/小川幸男(西日暮里5丁目町会長) |
副会長/金子 誠(西日暮里3丁目町会長) |
拝啓 新緑の候、石原都知事様にはいつも都政にご尽力くださり、誠にありがとうございます。
日本鋼管不動産(株)が文京区本駒込に建設中のワンルームマンションの鉄骨が、とうとう13階まで建ち上がり、日暮里富士見坂から望む富士山の左側の稜線が遮られてしまいました。しかし、建ち上がったといっても、鉄骨だけで、まだまだ景観を保全する手だてがなくなったわけではないと思います。また、その方法は1つだけではありません。
私共は現在、親会社である日本鋼管(株)と共に、広く大きな視野に立ち、都内に最後に残った富士見坂の眺望の大切さを次代に伝える方策について前向きに話し合い、協働作業をしていきたいと願い、日本鋼管(株)に公開質問状をお出しし、交渉を進めているところです。
実際に建ち上がった鉄骨と富士山の稜線を見ると、左側の稜線が部分的に見えるということであれば、11階でも可能なことがわかりました。もし11階まででも下げていただけるなら、市民側も募金活動などを展開すべきと考えています。
ただ、こうした事態を招いた原因は、法制度の不備、建築行政、都市計画行政の不備にこそあると思われます。とりわけ、『東京都景観条例』の一般地域の景観づくり基準に、坂や丘からの眺望への配慮を謳いながら、そのための実効性が考慮されていないという点で、東京都の責任は大きいのではないでしょうか。
東京都の役割には、「広域的な視点からの景観づくりと区市町村への支援」があると思われます。富士山の眺望の問題は、複数の自治体にまたがる課題であり、荒川区、文京区、台東区など当該自治体だけでは解決が極めて難しく、まさに東京都が取り組むべき課題といえます。
今回のマンションがこのままの形で完成すると、次に建設されるマンションに対する抑止力がきかなくなり、景観破壊がますます進んでいくことになりかねません。
そこで、緊急処置として13階を11階に下げるため、「空中権の買い取り」をしていただきたいと願っております。荒川区、文京区に対しても公開質問状を提出いたします。
また、二度とこうした事態が起こらないよう、歴史的風景遺産を保全するための法制度を整備し、行政処置を講じていただきたいと願っております。
そこで、以下のことを質問いたします。
5月24日までにご回答をいただきたくお願い申しあげます。
事務局・連絡先/ | 5814−1916 | (千葉一輝) |
3822−7623 | (谷根千工房 山崎) |
富士山は古来より、その美しい姿と共に、日本の象徴として特別な意味を持ってきました。
秀吉より関東への転封を命じられた家康が、江戸を選んだ理由の1つが、「富士山が見える」ことでした。江戸の町は、富士山が見えることを重視して整備されました。坂や台地など、江戸市中には富士山の眺望点が数多く点在しています。北斎や広重などの浮世絵にも、富士山を望む江戸の風景が様々に描かれています。つまり、富士山の眺望は、日本人の精神、江戸・東京の歴史的文化を伝える貴重な「歴史的風景遺産」といえます。
東京都景観条例の一般地域の景観づくり基準で、「富士山への眺望」「坂からの眺望」への配慮を揚げているのも、その価値の大きさを重視したためなのではないでしょうか?
現在、都心部には16の富士見坂があります。しかし、今もなお、地上から富士山の全景が望める正真正銘の富士見坂は、日暮里富士見坂だけとなってしまいました。東京都都市景観コンテスト(96年)では、この「日暮里富士見坂」に特別賞が授与されています。ところが、これを保存するための措置がこれまで講じられて来ませんでした。
そもそも、こうした法制度や行政の対応の遅れが、今回の事態の根本にあると思います。
さらに、日本鋼管不動産(株)にこの問題についてお伝えしたのが工事着工後であったことが、事態の解決を難しくしました。荒川区・文京区・台東区の職員と共に富士見坂眺望研究会を立ち上げ、富士見坂の眺望ラインや眺望を保全しうる高さの限度について伝えてあったのですが、敷地がわずか242uだったことから、事前チェックの網から漏れ、日本鋼管不動産(株)に事前に事態を伝えることができぬまま、建築確認申請が降ろされてしまったのです。
工事着工後に計画変更することが困難なこと、階数を下げるとなればそれ相当の損失は免れないことなどは重々承知しております。
しかし、だからといって、都内にただ一つ残った、かけがえのない歴史的風景遺産が損なわれるのを「仕方がない」と黙って見過ごすことはできません。もしこのまま事態を放置すれば、これ以降、富士見坂の眺望破壊に歯止めがきかなくなるばかりか、これほどの歴史的風景遺産の損失をくい止めることができなければ、あらゆる風景破壊への歯止めを失うことにもなりかねません。
またそれは、NKKグループが、それとは知らぬまま、貴重な風景を破壊することになり、環境保全を企業の柱に掲げる日本鋼管(株)にとってもゆゆしき事態になると思われました。
そこで私共は、工事着工後という非常に心苦しい状況ではありましたが、日本鋼管不動産(株)にこの問題を伝え、富士見坂の眺望を守って欲しい旨をお願いしました。
日本鋼管不動産(株)にとって「晴天の霹靂」とも言える事態であったことは、私共にも痛いほど理解できますので、そのお立場に配慮し、「お願い」の姿勢を貫いてきました。そして、共に事態を打開する最善の道を見出したいと努力して参りました。
私たちが望んだのは対立ではなく協働です。非常に困難な事態だからこそ、共に手を取り合い、地域にとっても、日本鋼管不動産(株)およびNKKグループにとってもよい形で、景観保全に寄与することのできる方策を作り上げていきたいと願っているのです。
また、都の景観条例をはじめとする法制度の不備、建築行政・都市計画行政の不備にこそ最大の責任があると認識し、行政などへの働きかけも並行して行っております。
そうした中で、青山副都知事様や、担当部局の方が、この問題に関心を示してくださり、話を聞いてくださったことは、大きな励みとなりました。
これまでは、地域の歴史・文化・環境・社会には一切配慮せず、むしろそれを破壊するような開発行為が横行してきました。しかし、もはやそのような時代ではないと思います。
ましてマンションというのは、その地域で生活する人の住まいを作ることであり、その地域に住まう人を呼び込むことでもあります。その地域に何らかの悪影響を及ぼし、地域に受け入れられないような建物を造ることは、ユーザーにとっても好ましいことではありません。むしろユーザーの利益に反する行為とも言えます。
市民、行政、企業が手を取り合い、地域に刻まれた歴史や文化を生かし、地域の環境・社会に貢献し、しかもそれが企業利益にもつながるような新たな構造に改革することが、今、望まれているのではないでしょうか?
私たちの地域には、すでにそうした経験があります。
※住民には、複数の行政区域にまたがるエリアが1つの地域と捉えられていることがあります。西日暮里、谷中、さらに千駄木、本駒込一帯は、住民の間では1つの地域として認識されています。ところが、行政区画が分かれているために、問題が複雑化しています。
日暮里富士見坂と同じ地域である台東区谷中では、住民と(株)大京とが、台東区のバックアップの下、協議して、町の歴史や文化、景観を生かした、これまでにないマンションをつくり上げました。この一件は、テレビなどでも特集され、全国の注目を集めました。当初計画を変更し、9階を6階に下げ(道路側は4階)、49戸を42戸に減らしましたが、(株)大京は目先の利潤を上回る有形無形の多大なメリットを得ています。谷中にとっても、この一件がきっかけとなり、町づくり憲章がつくられ、建築協定が結ばれる(現在認可申請中)など、住民自身による町づくりが進むようになりました。
私共は、NKKグループとも、こうした協働作業をと願ったのです。しかしながら日本鋼管不動産(株)は、「あなたたちはお願いする立場」、「お願いしますというから、わざわざ時間を割いて話を聞いている」といった対応をとり続け、協議する段階まで行きません。
私共がこの間、親会社である日本鋼管(株)の下垣内社長様への面会を申し入れてきたのも、(株)大京との協働の経験、日本鋼管不動産(株)の状況などから、◎この問題の解決には高度の政治的判断を要する、◎膠着した事態打開のためにはトップの英断が必要、◎親会社でなければ大局にたっての判断と英断が下せない、◎日本鋼管不動産(株)には総合的に判断して社会的責務を果たせない、と判断したからに他なりません。
日暮里富士見坂からの富士山の眺望は、荒川区のみならず、東京都さらには日本全体にとって、かけがえのない歴史的風景遺産です。この問題は、Japan Times紙に2回も報道されるなど、外国人の注目も集めています。
この問題は、地域の環境や眺望に対する行政、企業、市民の社会的姿勢が問われる問題だと思います。とりわけ、東京都がこの問題にどう対処するかが問われているのではないでしょうか。
と、同時に、行政、市民、企業が、全力で取り組むべき価値のあるものと思われます。
そこで、あらためて公開質問状をお出しした次第です。
なにとぞよろしくお願い申しあげます。