2000年4月26日

日本鋼管株式会社
代表取締役社長 下垣内洋一様

日暮里富士見坂を守る会 (会長/小川幸男)

公開質問状

拝啓 新緑の候、貴社にはますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
  日本鋼管不動産が文京区本駒込に建設中のワンルームマンションの鉄骨が、とうとう13階まで建ち上がり、富士山の左側の稜線が遮られてしまいました。しかし、建ち上がったといっても、鉄骨つまりは骨組みだけで、まだまだ景観を保全する手だてがなくなったわけではないと思います。また、その方法は1つだけではありません。
 ところが、残念なことに、日本鋼管不動産(株)には私共の真意を理解していただけず、建設的な話し合いができる状態ではありません。
 そこで、貴社と共に、広く大きな視野に立ち、都内に最後に残った富士見坂の眺望の大切さを次代に伝える方策について、NKKグループにとってもできるだけよい形で解決できるよう、前向きに話し合い、協働作業をしていきたいと願っております。
 実際に建ち上がった鉄骨と富士山の稜線を見ると、左側の稜線が部分的に見えるということであれば、11階でも可能なことがわかりました。もし11階まででも下げていただけるなら、市民側も募金活動などを展開すべきと考えます、行政が応分の負担をすべきことでもあり、私共では東京都、荒川区、文京区に対し、「緊急処置としての空中権の買い取り」を求める公開質問状を提出いたします。
 また、この建物を「富士山の眺望の大切さを訴えるモニュメント」と捉えれば、これまでの眺望を次代に伝える方法、眺望保全の意志と努力を形に表す方法は色々考えられます。

 そこで貴社に対し以下のことを質問いたします。
  5月10日までにご回答をいただきたくお願い申しあげます。


◎日暮里富士見坂の景観への社会的貢献を、どのように形に表していただけますか?
 その意志と考えられうる方法について、貴社の見解をお聞かせくだい。
   ※私共への配慮でなく「富士山の眺望」に対する社会的責任を果たしてください。

 もし「できない」と言うことであれば、@その理由、A歴史的風景遺産に対する貴社の見解、B日暮里富士見坂からの富士山の眺望に対する貴社の見解、をお聞かせ下さい。

以上

事務局・連絡先/ 5814−1916(千葉一輝)
3822−7623(谷根千工房 山崎)









これまでの経緯と「日暮里富士見坂を守る会」の見解

 私共が願っているのは対立でなくNKKグループとの協働です。

 そもそも、日本鋼管不動産(株)にこの問題についてお伝えしたのが工事着工後であったことが、事態の解決を難しくしました。文京区・台東区・荒川区の職員と共に富士見坂眺望研究会を立ち上げ、富士見坂の眺望ラインや眺望を保全しうる高さの限度について伝えてあったのですが、敷地がわずか242uだったことから、事前チェックの網から漏れ、日本鋼管不動産(株)に事前に事態を伝えることができぬまま、建築確認申請が降ろされてしまったのです。
 工事着工後に計画変更することが困難なこと、階数を下げるとなればそれ相当の損失は免れないことなどは重々承知しております。
 しかし、だからといって、都内にただ一つ残った、かけがえのない歴史的風景遺産が損なわれるのを「仕方がない」と黙って見過ごすことはできません。もしこのまま事態を放置すれば、これ以降、富士見坂の眺望破壊に歯止めがきかなくなるばかりか、これほどの歴史的風景遺産の損失をくい止めることができなければ、あらゆる風景破壊への歯止めを失うことにもなりかねません。
 またそれは、NKKグループが、それとは知らぬまま、貴重な風景を破壊することになり、環境保全を企業の柱に掲げる貴社にとってもゆゆしき事態になると思われます。
 そこで私共は、工事着工後という非常に心苦しい状況ではありましたが、日本鋼管不動産(株)にこの問題を伝え、富士見坂の眺望を守って欲しい旨をお願いしました。

  日本鋼管不動産(株)にとって「晴天の霹靂」とも言える事態であったことは、私共にも痛いほど理解できますので、そのお立場に配慮し、「お願い」の姿勢を貫いてきました。そして、共に事態を打開する最善の道を見出したいと努力して参りました。
 私たちが望んだのは対立ではなく協働です。非常に困難な事態だからこそ、共に手を取り合い、地域にとっても、日本鋼管不動産(株)およびNKKグループにとってもよい形で、景観保全に寄与することのできる方策を作り上げていきたいと願っているのです。
 また、都の景観条例をはじめとする法制度の不備、建築行政・都市計画行政の不備にこそ最大の責任があると認識し、行政などへの働きかけも行っております。

 これまでは、地域の歴史・文化・環境・社会にはいっさい配慮せず、むしろそれを破壊するような開発行為が横行してきました。しかし、もはやそのような時代ではないと思います。ましてマンションというのは、その地域で生活する人の住まいを作ることであり、その地域に住まう人を呼び込むことでもあります。その地域に何らかの悪影響を及ぼし、地域に受け入れられないような建物を造ることは、ユーザーにとっても好ましいことではありません。むしろユーザーの利益に反する行為とも言えます。
 本来のリストラとは=首切りではなく、地域に刻まれた歴史や文化を生かし、地域の環境・社会に貢献し、しかもそれが企業利益にもつながるような新たな構造に改革することではないでしょうか?
 ディベロッパーだけでは、従来の枠を越えることは難しいかもしれません。しかし、地域の住民、市民と共に、その地域にあった、その地域の環境・社会に寄与しうる建物を造ろうとするなら、これまでにない新たな展開が開けてくるのです。

 私共の町にはすでにそうした経験があります。

 一昨年、台東区谷中でも、最も歴史や自然の残る寺町地域に、(株)大京による9階建てのマンション計画が持ち上がりました。しかし町の人々は「白紙撤回」を求めるのではなく、「私たちと共に、この町にあった、これまでにないマンションを造りませんか?」と提起しました。
 (株)大京はトップの英断で、従来のあり方を転換してこれに応え、建築確認申請を取り下げ、計画を変更し、住民との協議に着手しました。そして、(株)大京と谷中の人々とが協働で、この町の歴史や文化、景観を生かした、町に開かれかつ町に歓迎される、これまでにないマンションづくりに取り組みました。(株)大京としては、それ相当の損失は覚悟の上だったと思います。しかし協働で作り上げた計画は、9階を6階に下げ(道路側は4階)、49戸を42戸に減らしましたが、(株)大京にとっても採算の合うものとなりました。それどころか、(株)大京は目先の利潤を上回る大きな効果を手にしました。テレビなどで特集されたこともあり、大きな宣伝効果がもたらされました。町の人々も、頼まれたわけでもないのに、進んでこのマンションの宣伝をしています。お陰で、高級価格のマンションにも関わらず工事途中でほぼ完売に近い売れ行きです。全国的な名声も高まりました。(株)大京は、これからの戦略として、谷中方式のマンションづくりを研究推進しようとされています。それほど企業にとって有形無形の多大なメリットをもたらしているからでしょう。
 谷中の町にとっても、この一件がきっかけとなり、町づくり憲章がつくられ、建築協定が結ばれる(現在認可申請中)など、住民自身による町づくりが進むようになりました。
 この事業の影響から、この町では、他のディベロッパーも、「その企業の歴史始まって以来はじめて」住民との協議のテーブルにつき、工事協定を結ぶなどしています。

 私共は、NKKグループとも、こうした協働作業をと願ったのです。しかしながら日本鋼管不動産(株)は、「あなたたちはお願いする立場」、「お願いしますというから、わざわざ時間を割いて話を聞いている」といった対応をとり続け、協議する段階まで行きません。
 この間、日本鋼管不動産(株)から唯一示されたのは、「13階を9階に下げる分の損失4億5000万円の支払い」(空中権の買い取り)か、「9階建てを13階建ての価値(総工費12億円)で買い取る」こと以外に計画変更は考えられないということでした。それ故、私共は、買い取り先の企業などを探してきたのです。

 私共がこの間、下垣内社長様への面会を申し入れてきたのも、(株)大京との協働の経験、日本鋼管不動産(株)の状況などから、◎この問題の解決には高度の政治的判断を要する、◎膠着した事態打開のためにはトップの英断が必要、◎親会社でなければ大局にたっての判断と英断が下せない、◎日本鋼管不動産(株)には総合的に判断して社会的責務を果たせない、と判断したからに他なりません。

 貴社は、環境保全を企業活動の柱に掲げ、地域社会との共存を謳っておられます。
 日暮里富士見坂からの富士山の眺望は、かけがえのない歴史的風景遺産です。
 この問題は、まさに、地域の環境や眺望に対する日本鋼管グループの社会的姿勢が問われる問題だと思います。しかし、残念ながら、歴史的風景遺産に対する誠意を何ら形に示していただけないまま、今日に至っております。そこで、あらためて公開質問状をお出しした次第です。なにとぞ私共の真意をお酌み取りいただきたくお願い申し上げます。


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