地形と一体となった都市風景を考える
今野久子

都市計画家 vol.27, 2000年夏号, NPO法人都市計画家協会発行

はじめに 〜地形と一体となったわが国の伝統的な都市づくり〜
 特集テーマである「都市風景をつくる文化的資産」といった時、まず思い出されるのは単体の建造物、そしてこれらが集まった街並みだが、例えば京都の風景の魅力や京都「らしさ」を語るには、東山や鴨川の存在も欠かせない。このように、街並みの魅カもさることながら、街並みと周辺地形とが一体となったところに、その都市らしい風景が生まれており、地形という自然の要素に同じ形は二つと無いゆえにそれぞれ固有の表情を持つ都市風景が立ち現われている。
 このことは実は、わが国の都市風景の重要な特徴といえる。近世城下町の立地は大きく、四方を山に囲まれた山間部立地・海(湖)の大水面に寄った海(湖)岸部立地・平野部立地に分けられるが、そのいずれについても、多くの町が<山に寄るように>立地しており ※註1、わが国の伝統的な都市づくりが、地形を丁寧に読み解き、地形を拠り所になされてきたことが伺われる。
 それは、広場や教会といった構造物を中心に据えて街並みを形成してきた西欧都市とは極めて対照的である。
 こうしたことから、私は、「都市の街並みとこれを取巻く周辺地形とを一体にとらえた都市風景」に注目することが極めて重要であり、今後、このような視点に立った新たな計画論がきちんと議論されることが大切ではないかと考えている。
最後の富士見坂での出来事
 「周辺地形」から若干飛躍するが、ここで「眺望」景観を巡る最近の動きについて少し触れたい。現在東京には16の富士見坂があるが、富士が見えるのは護国寺(文京区)と日暮里(荒川区)の富士見坂。護国寺では既に山容の半分が隠されており、日暮里は唯一、富士の左右の稜線とも見える「最後の」富士見坂だった。
 それが、ついに今年(2000年)5月、坂から約1.5kmの地点に建設中のマンションで左半分が隠された。工事は続行中、竣工予定はこの年末。
 この眺めを巡っては「これを守ることで眺望保全の実績をつくり、広く、今後の都市景観行政に訴え得る<エポックメーキング>とする」という戦略的なシナリオが描かれていた。「富士見坂眺望研究会」は、研究者だけでなく地元区の担当者等も交えた実践的な部隊であり、あらかじめ「要注意個所」を抽出し、事前のコントロール体制を整えるべく動き始めていた。
 その矢先、まさにこの「要注意個所」にマンションが着工していた。これを知った時の研究会の方々の驚きとその後の奔走の顛末とを、私は出来事がほぼ収束した後に知った。
日暮里富士見坂の波紋
 研究会に代わり地元有志を含む「守る会」が立上がって事業者や行政に働きかけたものの、着工後の計画変更はならなかった。しかしこの出来事は、波紋をひき起こした。
 一つの波紋は、市民へのそれである。署名数は実質1〜2ケ月間に計5,818通。内訳は、地元町会約2,300、現地(富士見坂)に説明板と共に設置した署名箱に投函されたものが約1,400、ホームページの呼掛けやロコミで集まったものか約2,100。ホームページヒット数は5ケ月間に約6,300。山岳愛好者のホームページが富士見坂のホームページとリンクを張って募集した「電子署名〈自由な文章を建設業者社長宛に送る)」には、各地から熱いメッセージが寄せられた。
 これまで無言のうちに幾つもの富士見が失われていったが、こうした出来事への市民の関心は皆無ではないことが、今回示されたのである。
 もう一つは、対行政のそれである。分厚い署名綴りが東京都景観条例の担当課長に手渡され、関連部局へ回覧されるという。また、「守る会」は東京都及ぴ関係区への働きかけも行った。行政の答えは「眺望景観の保全は≪都市マスタープラン≫や≪景観計画≫等に位置付けており、その重要性は認識している。
 しかし、現実のコントロールは「法的枠組みが変わらなければできない。」と至極当然のものであるが、少なくとも問題の所在を訴えることにはなったといえる。
市民文化資産としての都市風景の価値
都市風景の保全を論じることは難しく、周辺地形までを含めて都市風景といえば尚更である。さらに眺望の問題は、コントロールを要する範囲が広いので一層困難である。日暮里富士見坂も坂とマンションとが異なる区にあり、隣の区にある坂からの眺めのために建物高さをコントロールする論理は持ち出しようがなかったのである。
 安全性・経済性や都市機能論等の観点では、風景の価値は位置づけられない。まさに「文化的資産」としての価値が問われることになるが、どんな価値基準でこれを計れるか。
 江戸の富士見坂には「優れた風景名所」としての文化的資産価値が認められよう。日暮里を例にとれば、かつてそこは日がな風景を愛でて飽きず、いつしか夕暮れを迎える日暮らしの岡であり、名所図に描かれた光景はまことに優美である。一方現在は、ビルの谷間に山影が覗くばかり。また、かつては農耕等を中心とする日常生活に密接に結びつき、神が宿る信仰対象とされた「山」だが、現代の都市生活にとって「山、山への眺め」の意味は疑問とする批判もある。
 では、富士見は歴史とともに価値を失ったのか。はかなげな姿に心は痛むが、否と言いたい。市民にとっての現代の富士見の価値は、より幅広い尺度で計り直されるべきだろう。
 何より大切なのは「富士見坂と名づけられた場所から本物の富士が見える」ということである。そして「目に見える(写真に映る)山」はビルの谷間に沈んでいても、人の知覚は良くできており「認識される富士の姿」は実際以上に美しく感じられるのである。体験としての風景の特徴がここにある。
 そしてこの風景は、誰もが共有しやすい象徴的な風景体験、先祖代々慣れ親しんできた眺め、空気の澄む冬晴れの日を楽しくさせる風物詩、方向感覚を与えるランドマーク等、市民にとってのわがまちの認識を支える多面的な価値を持っている。これらを総称して市民文化資産としての価値と呼べるかもしれないが、こうした価値の評価について今一度、真剣に考えられるべきである。
都市風景の価値の現代的な意味
 右肩上がりの経済成長の中で「都市のつくり手」の論埋から都市建設が進められてきた時代が終わり、成熟社会の中で「都市の使い手=住まい手」による都市の維持管理に期待する時代に入っている。都市マスタープランを皮切りに都市計画への市民参加が盛んに要請される背景には、こうした思惑もあると理解している。
 では「住まい手」たる市民が自らの往むまちづくりを親身にとらえ、進んで維持管理にもあたるために何が必要か。私は市民が「わがまちへの愛着」を感じられることが重要かつ必要不可欠な第一歩だと考えている。そして、素朴な市民感覚に訴え得る「市民文化資産」が多様に、数多くあることが、わがまちへの誇りと愛着を培うと思う。
 都市風景は、その貴重な市民文化資産の一つに他ならない。これが「都市風景」や「いわゆるアメニティ」の極めて現代的な意味の一つではないか。
都市風景計画の登場とその実現を目指して
 「風景計画の明確な位置付け」や、その実現のための「計画と連動したコントロールの枠組み」も射程に入れた議論・研究 ※註2 は未だ少ない。都市風景の評価の積み上げ、都市空間の公共性の捉え方、税制措置など都市計画の枠組みを超えた方策の活用等、検討課題は多岐にわたるし、西欧の眺望コントロール手法に学ぷ点もあろう。
 慎重な議論を要し道のりは遠いが、百年の計として都市計画から各界にも発信しつつ、真剣に論じられることを願う。それには「専門・実務的な検討と論理構築」と「世論の高まり」との両者が欠かせない。

※註1:「山間部に立地する城下町の領域空問の特性に関する研究(今野久子・堀繁、都市計画学会学術論文集、1998年)」、「平野部に立地する城下町の領域空間の特徴に関する研究(同、1999年)」
※註2:「日暮里富士見坂の眺望保全に関する訓査研究(眺望研究会、1999年)」、「都市の風景計画(西村幸夫+町並み研究会、学芸出版社、2000年)」など


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